今週はこんな本を読んだ №646 「マイ・ベスト・ミステリーⅤ」
今週はこんな本を読んだ №646 (令和2年11月1日)
「マイ・ベスト・ミステリーⅤ」 日本推理作家協会編 文春文庫 07年11月初版 771円
この一冊には、鮎川哲也「人買い伊平治」と黒崎土風「六人の容疑者」。泡坂妻夫「右腕山上空」と横溝正史「探偵小説」。北村薫「ものがたり」と木々高太郎「永遠の女囚」。北森鴻「邪宗仏」と泡坂妻夫「椛山訪雪図」。東野圭吾「小さな故意の物語」と松本清張「天城越え」。山口雅也「割れた卵のような」と夢野久作「卵」の12編が収められている。「推理作家になりたくて マイベストミステリー第五巻(04年2月)」を文庫化したものだ。鮎川哲也が黒崎土風を、泡坂妻夫が横溝正史を、北村薫が木々高太郎を、北村鴻が泡坂妻夫を東野圭吾が松本清張を、山口雅也が夢野久作を、自分の好きな自作短編と、自分の好きな他の作家の短編作をそれぞれ紹介している。
鮎川哲也が自分の好きな作家の作品として紹介したのは黒崎土風「六人の容疑者」だ。
舞台は丸の内の旧い赤煉瓦のビルディングの一室。F財閥の番頭の鈴木享輔の会議室に代議士、元陸軍少将、D信託の常務、大手建設会社の専務、鈴木の甥で秘書、弁護士、が一堂に会している。この会議室で老事業家の鈴木が死んだ。青酸カリによる中毒死だが自殺をする動機がなかった。鈴木のグラスの中から青酸カリが発見されたが他の六人のグラスには入ってなかった。集まった全員に動機は少しずつあつた。弁護士が連れて来た私立探偵滝井藤兵衛がこの謎を解明するというストーリイだ。六人六通りの毒殺トリックが披露されている。
この一編は1950年4月号「新青年」への投稿作だが「著者紹介」は経歴不明となっていた。「氏の本名が判明した。住所欄が空白になっているので、たぶん直接社の法に稿料を取りに来たのではないか、と当時の編集長が調べてくれた。氏の正体は未詳のままになっている」と鮎川が書いている。これもまたミステリーだ。
「右腕山上空」。「『このミス』が選ぶ! オールタイム・ベスト短篇ミステリー赤(宝島文庫 15年4月)」で、第8位になった「DL2号機事件」で名探偵亜愛一郎がデビューするが、この一編はその第二作目、幻影城76年5月号に掲載されたものだ。
人が肘枕で寝ている姿に似ているその右端の山が右腕山。その右腕山が望める平原からスネーク製菓が新発売キャンデーのキャンベーンとして熱風船を上げようとしていた。この物語では「熱風船」としているが、ゴンドラが付いていること、バーナーの熱風で下降したり上昇したりしていることからの現代では「熱気球」と呼ばれているものだ。飛び立った熱気球が突然変な動きを見せる。それを追いかけようとするヘリコプターにカメラマンだと言って亜愛一郎が乗り込んでくる。ヘリからスネーク一号のゴンドラの中で乗り込んだ男の右のこめかみに黒い穴が開いて、右手の白い手袋の中には黒く光るピストルが見えた。
熱気球のバーナーの火が消えていて降下し着地する。集まった全員がゴンドラを見ていたが誰も出て来ない。大勢の見学者の目の前で離陸し、空中ではヘリコプターで追跡され、着地したところは地上と上空から見られていた。ぬいぐるみの白い手袋のままではピストルで自殺などできない。熱気球のゴンドラから人間が消失した事件を亜が解明する。
「小さな故意の物語」は、デビューして最初に描いた短編小説だという著者の言葉があった。
中学からの親友の達也が放課後の校舎の屋上から落ちて死んだ。自殺などするはずがない、俺はなぜそんなところから落ちたのか調べる。達也には中学時代からの恋人がいた。俺も好きだったけど相手が達也なので諦めた。聞き込みをするとなにかバランスを崩したように落ちたのを見たという。誰に聞いても屋上にいたのは達也一人だけだったという。達也はどうしてあんなところにいたのか、どうしてバランスを崩したのか。達也に振られた下級生が反対側の校舎の三階被服室にあった姿見の大きな鏡を達也に向け、それで驚いて落ちた、という結論になる。俺は「小さな故意だな」と思いついた言葉を口にした。
これで物語が終わると思った。だが最後にもうひとつの小さな「恋」があった。
「天城越え」をほぼ四十年ぶりに読んだ。初出は、1959年「サンデー毎日」特別号に「天城こえ」として掲載されたものだ。60年も昔の作品だが古さを感じさせないのは名品名作の証拠だと思う。
作詞吉岡治、作曲弦哲也、石川さゆりの「天城越え」がリリースされたのは1986年のことだ。以後「天城越え」といえば松本清張ではなく石川さゆりになってしまった。発表年を見れば明らかなように清張の「天城越え」の方が先にあったのだ。そのことを大きな声で言いたいと思った。
山口雅也の「割れた卵のような」と、山口が自分の好きな作品として紹介した夢野久作の「卵」は、卵を取り落して割れてしまったのを見た時の恐怖感、割れてしまった卵に対する恐怖感というものを主題にした物語で何か共通したような味わいのあるものだった。
山口雅也は№520「不条理な殺人(祥伝社文庫平成10年7月)」の「モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イブ」の印象が強く残っていたが、№556「名探偵の饗宴(朝日文庫15年3月)」に納められた「鼠が耳をすます時」や№607「仕掛けられた罪(講談社文庫 08年04月)に納められた「黄昏時に鬼たちは」は期待を裏切るものだった。アンソロジーの常連とはいえないのはそもそも短編作を得意とする作家ではないのでは、と思ったりした。
「マイ・ベスト・ミステリーⅤ」 日本推理作家協会編 文春文庫 07年11月初版 771円
この一冊には、鮎川哲也「人買い伊平治」と黒崎土風「六人の容疑者」。泡坂妻夫「右腕山上空」と横溝正史「探偵小説」。北村薫「ものがたり」と木々高太郎「永遠の女囚」。北森鴻「邪宗仏」と泡坂妻夫「椛山訪雪図」。東野圭吾「小さな故意の物語」と松本清張「天城越え」。山口雅也「割れた卵のような」と夢野久作「卵」の12編が収められている。「推理作家になりたくて マイベストミステリー第五巻(04年2月)」を文庫化したものだ。鮎川哲也が黒崎土風を、泡坂妻夫が横溝正史を、北村薫が木々高太郎を、北村鴻が泡坂妻夫を東野圭吾が松本清張を、山口雅也が夢野久作を、自分の好きな自作短編と、自分の好きな他の作家の短編作をそれぞれ紹介している。
鮎川哲也が自分の好きな作家の作品として紹介したのは黒崎土風「六人の容疑者」だ。
舞台は丸の内の旧い赤煉瓦のビルディングの一室。F財閥の番頭の鈴木享輔の会議室に代議士、元陸軍少将、D信託の常務、大手建設会社の専務、鈴木の甥で秘書、弁護士、が一堂に会している。この会議室で老事業家の鈴木が死んだ。青酸カリによる中毒死だが自殺をする動機がなかった。鈴木のグラスの中から青酸カリが発見されたが他の六人のグラスには入ってなかった。集まった全員に動機は少しずつあつた。弁護士が連れて来た私立探偵滝井藤兵衛がこの謎を解明するというストーリイだ。六人六通りの毒殺トリックが披露されている。
この一編は1950年4月号「新青年」への投稿作だが「著者紹介」は経歴不明となっていた。「氏の本名が判明した。住所欄が空白になっているので、たぶん直接社の法に稿料を取りに来たのではないか、と当時の編集長が調べてくれた。氏の正体は未詳のままになっている」と鮎川が書いている。これもまたミステリーだ。
「右腕山上空」。「『このミス』が選ぶ! オールタイム・ベスト短篇ミステリー赤(宝島文庫 15年4月)」で、第8位になった「DL2号機事件」で名探偵亜愛一郎がデビューするが、この一編はその第二作目、幻影城76年5月号に掲載されたものだ。
人が肘枕で寝ている姿に似ているその右端の山が右腕山。その右腕山が望める平原からスネーク製菓が新発売キャンデーのキャンベーンとして熱風船を上げようとしていた。この物語では「熱風船」としているが、ゴンドラが付いていること、バーナーの熱風で下降したり上昇したりしていることからの現代では「熱気球」と呼ばれているものだ。飛び立った熱気球が突然変な動きを見せる。それを追いかけようとするヘリコプターにカメラマンだと言って亜愛一郎が乗り込んでくる。ヘリからスネーク一号のゴンドラの中で乗り込んだ男の右のこめかみに黒い穴が開いて、右手の白い手袋の中には黒く光るピストルが見えた。
熱気球のバーナーの火が消えていて降下し着地する。集まった全員がゴンドラを見ていたが誰も出て来ない。大勢の見学者の目の前で離陸し、空中ではヘリコプターで追跡され、着地したところは地上と上空から見られていた。ぬいぐるみの白い手袋のままではピストルで自殺などできない。熱気球のゴンドラから人間が消失した事件を亜が解明する。
「小さな故意の物語」は、デビューして最初に描いた短編小説だという著者の言葉があった。
中学からの親友の達也が放課後の校舎の屋上から落ちて死んだ。自殺などするはずがない、俺はなぜそんなところから落ちたのか調べる。達也には中学時代からの恋人がいた。俺も好きだったけど相手が達也なので諦めた。聞き込みをするとなにかバランスを崩したように落ちたのを見たという。誰に聞いても屋上にいたのは達也一人だけだったという。達也はどうしてあんなところにいたのか、どうしてバランスを崩したのか。達也に振られた下級生が反対側の校舎の三階被服室にあった姿見の大きな鏡を達也に向け、それで驚いて落ちた、という結論になる。俺は「小さな故意だな」と思いついた言葉を口にした。
これで物語が終わると思った。だが最後にもうひとつの小さな「恋」があった。
「天城越え」をほぼ四十年ぶりに読んだ。初出は、1959年「サンデー毎日」特別号に「天城こえ」として掲載されたものだ。60年も昔の作品だが古さを感じさせないのは名品名作の証拠だと思う。
作詞吉岡治、作曲弦哲也、石川さゆりの「天城越え」がリリースされたのは1986年のことだ。以後「天城越え」といえば松本清張ではなく石川さゆりになってしまった。発表年を見れば明らかなように清張の「天城越え」の方が先にあったのだ。そのことを大きな声で言いたいと思った。
山口雅也の「割れた卵のような」と、山口が自分の好きな作品として紹介した夢野久作の「卵」は、卵を取り落して割れてしまったのを見た時の恐怖感、割れてしまった卵に対する恐怖感というものを主題にした物語で何か共通したような味わいのあるものだった。
山口雅也は№520「不条理な殺人(祥伝社文庫平成10年7月)」の「モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イブ」の印象が強く残っていたが、№556「名探偵の饗宴(朝日文庫15年3月)」に納められた「鼠が耳をすます時」や№607「仕掛けられた罪(講談社文庫 08年04月)に納められた「黄昏時に鬼たちは」は期待を裏切るものだった。アンソロジーの常連とはいえないのはそもそも短編作を得意とする作家ではないのでは、と思ったりした。
"今週はこんな本を読んだ №646 「マイ・ベスト・ミステリーⅤ」" へのコメントを書く