今週はこんな本を読んだ №149 (23.3.6)

今週はこんな本を読んだ №149 (23.3.6)

「新しい環境問題の教科書」 池田清彦 新潮文庫 22年12月初版 420円

「97年12月、京都国際会館で開かれた気候変動枠組条約締結国会議で議決された京都議定書「正式名 気候変動に関する国際連合枠組み条約の京都議定書」。いわゆる温室効果ガスの排出量について法的拘束力のある数値目標を先進各国ごとに設定したのが議定書。日本の場合、「90年実績に比べて08年から12年のCO2等の温室効果ガスの排出量を6パーセント削減しなければならなくなった」これが本書の主題である。
日本は議長国だったこともあって、良い顔をしようとしたのか、自国に不利な条件をのんでしまった。その数値目標が達成可能かどうかのシュミレーションも裏付けもなく、ただ6パーセントという数字に同意してしまった。そもそも根拠のある目標値でないことから、もう既に目標達成が不可能な状態になっている。

「温暖化の主な原因はCO2の人為的排出であるからなんとかしてそれを減らさねばというのである。ほんとうにCO2の排出によって地球はだんだん温暖化していくのだろうか。温暖化はわれわれにとって脅威なのだろうか。そもそも(地球温暖化)はほんとうなのか。温暖化論自体がウソであるといっている科学者は少なからずいる。あるいは温暖化は事実であったとしてもその主因はCO2ではないと言っている科学者はもっと多い。地球はこれから寒冷化に向かうといっている学者もいる。そういう主張をマスコミは報道しない」と著者は書いている。
「そもそも気候というのは変動するもの。人類誕生以前も以降も、人間の活動に関係なく地球は温暖化と寒冷化を繰り返してきた」と書いているが、納得させられる。まさに科学者の見解である。

「環境問題」という、このうさん臭さはどうだろうか。隣の中国ではなんと13.4億人の人々が生活し、そのほとんとの人が住む内陸部の都市化が及んでいない地域ではまだ石炭をたいているのだ。工場の排出するガスや廃液の規制すらないのだ。有害な煙も有毒な工場廃液も垂れ流し、の、やりっぱなしの状態にあるのだ。日本人の1億2千7百万人がそれこそ息を詰めるように、爪に火をともすように、呪文を唱えるかのように、地球温暖化防止、温室ガス排出を控えるように、地球のために、という生活をおくっても、すぐ隣の国では石炭をたき、工場は毒物を垂れ流しているのだ。
14億人とはいうまい、半分の7億人とも言うまい、日本の人口とほぼ同じ人々が、という比較でも良い。一方が息を詰めるかのように節約し、一方は制約もなしの垂れ流し、これってマンガではないだろうか。
ここでは比較が面倒なのでインドを引き合いにしないが、インドの12億人もだいたい同じような状態にあるのだ。人口という簡単な数字を比較して見ただけでも、日本のこの「地球温暖化」に対する姿勢がマンガ的、倒錯的だということが分かる。
さらに付け加えるなら、アメリカでは未だにリッター1キロも走らないような超大型車、排ガス規制なんかどこの国の話しか的なおんぼろ車が走りまわっているのだ。中国、インドそしてアメリカが参加していない「地球温暖化対策」の国際的な話し合い、というのは何か「貧乏人の酒盛り」という印象がしてならないのだ。

とにかく、何か声高に、正しいことと思いこんでいることを主張することに、日本人としてもう少し臆病になっても良いのではないか、と言いたいのだ。「八紘一宇」でも「大東亜共栄圏」でも、「鬼畜米英」でもいい、過去にそんな「正しいことを」「声高に」叫んだ人に無批判盲目的に従って痛い目にあったではないか。百年の二百年の昔のことではなく、半世紀ほど前のことなのだ。
ここでも「過去の歴史に学ぶ」という、ことが忘却されている。そして「歴史教育」に帰着してしまうのだ。
正しいことを主張する、正しいことを行おうとする、それの何が問題なのだ、という問いが必ず起こる。それはイデオロギーに代わってしまうからダメなのだ、と言わなくてはならない。イデオロギーの衣を付けてしまうとそれは「宗教」に変容してしまい、絶対化され他の意見を受け付けなくなる。今もうすでに環境問題はイデオロギー化している。ひとつの「宗教」になろうとしている。
この世の中には、絶対に正しいことも逆に絶対に正しくないことも無いのだ、というごく当たり前のものの見方が必要ではないのかと言いたいのだ。

去年の夏の暑さは異常だった。地球が温暖化していくということを実体験した思いだった。確かに異常気象、と言っても良い。猛暑日・熱帯夜が連続して続き集中豪雨があり、さらに台風があった。しかし、思い返してもそれだけなのだ。欧州や北米では人が死ぬような暑さがあり、河川の氾濫洪水があり、ハリケーンがあり、山火事が頻発した。何千人あるいは何万人という人々がいわゆる異常気象によって被害を受けた。人的、経済的な被害は日本の国家予算をはるかに超える金額になったかもしれない。だからこそ、異常気象で困っている国こそが、まず先頭を走って、地球温暖化防止・温室効果ガス排出規制を叫ぶべきではないか。日本はその第二列目、第三列目、で良いと思うのだ。
地球温暖化はどうするのだ、と問われたら、<そんなことは困っている国が考えればいいじゃないか、ワシ(日本)は知らん、とりあえず今のところワシら(日本)はそんなに困っていない>、という態度こそが本当だろう。
こう言いきった時、初めて日本がイニシャチブをとれるのではないのか、と愚考してしまった。

重要な指摘がたくさんある本だったし、書かれてある内容も平易だったのでとても面白く読んだ。科学者がちゃんとしたデータに基づいて、発信することの大切さを考えさせられた。

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