今週はこんな本を読んだ №691 「悪夢のマーケット」

今週はこんな本を読んだ №691 (令和3年9月5日)

「悪夢のマーケット」 ベステミステリー選集 日本推理作家協会編 96年2月初版 680円

 92年版「日本ベストミステリー「珠玉集」上」を改題したこの一冊は平成1年から3年(1989年から91年)に発表された短編を集めて編んだものだ。まさしく「昭和」という時代の最後の時期に書かれて読まれた短編集になっている。「旅の終わり(阿刀田高)」「願望の連環(内田康夫)」「12月のジョーカー(大沢在昌)」「夜追うものの名乗り(菊池秀行)」「白い朝(北村薫)」「戯れの誓い(佐野洋)」「おそれ(高橋克彦)」「都市強盗団(筒井康隆)」「十津川警部C11を追う(西村京太郎)」「酒媼(半村良)」「甘いはずなのに(東野圭吾)」「木蓮寺(皆川博子)」「しつけの問題(山田正紀)」「竜の寺殺人事件(山村美紗)」の14作品と「短編小説の時代」というミステリー評論が収められている。

 「12月のジョーカー」。飯倉片町から麻布台へと抜ける通りの裏側にあるバーのカウンターの片隅で「私は客を待つ。この店に現れ、私の名を口にする者がいれば、それが私の客だ」という私立探偵が主人公だ。なぜジョーカーと呼ばれるのか、と問われて「カードの七並べで、ジョーカーはつながらない数字のすきまを埋めるのに使う。つながるものをつないだあと、私は用がない。別の人間が使うか、そこに捨て置かれるかだ。あれば便利だが、手をアガるには邪魔な存在」と答える。ハードボイルドの一編だ。

 「夜追うものの名乗り」は菊池秀行の刑事ものの短編だ。菊池秀行の名前を久しぶりに見た気がした。この頃SFだけではなくこんなものも書いていたのか、と率直な驚きがあった。
「白い朝」は北村薫の見事な手わざの一編だ。文庫11頁と三行の量、老夫に語り掛ける老妻のモノローグになっている。「あなたが軍手で牛乳箱の蓋を閉めるところだった。あたしが手を伸ばすと、あなたも。二人とも糸で操られているみたいだったわ。あたしの指とあなたの軍手の指がすっと触れ合った。ただそれだけ。でも、あたし、寒さのせいではなく、全身が震えたわ、どうしようもないくらいに」。そして最後の一行「ねえ、あの頃のあたし達も、小鳥みたいだったのね」という言葉で閉じている。語り尽くせないことを無理に説明しようとはしないから、語り残したものが余韻となって残る、その見本のような作品だった。二度も読み返した。

 「おそれ」は、頁の色が他の頁とまるで違って見えるほど、活字がびっしりと埋まっている17頁という極めて短い一編だ。大学の講師をしている主人公が友達を誘って山奥の温泉場で、それぞれが経験した「怖い話」を披露しあうという場が設定された。それぞれが語った怖い話の最後に主人公が語る「怖い話」が一番怖い話になる。俺には一人で行く勇気がない、だから旅をして楽しそうな仲間を選んだ。自分の体の事は自分が一番よく知っている。あと半年ももたない、ここの集まったみんなは独身だからあんまり迷惑にならないと考えた。俺と一緒に行こうよ、皆で行けば怖くない、一人で死ぬから怖いんだ。もう遅いんだ。悪いけど皆のビールの中に薬を入れておいた。俺はもうあと戻りは出来ないんだ。バスに乗る前に家内を殺してきた。妻は納得しては死んでくれたよ。どうせ生きていたってつまらない世の中じゃないか、皆で愉快に繰り出そう、とそんなことを語る。それを聞かされて座は騒然となる。「おいおい、みんな本気にしたのか。冗談だよ、当たり前じゃないか。ただの遊び、洒落だよ。この旅行会を面白くしようとしただけだ。薬なんて嘘、冷静になればわかることだろう」と必死になって打ち消そうとする。怖さは最後の三行に凝縮されている。「渡辺は喉に指を差し込んでビールを無理に吐き出し始めた。野村も宍戸も慌てて喉に指を入れた。私は彼らの行動に底知れないおそれを覚えた。そして気がついた。渡辺が私の嘘を信じたということは、先日の精密検査の結果のせいではないだろうか。私は、本当に半年の命かも知れない。おそれはさらに強まった」というところで終わっている。何ともいえない怖さがいつまでも残った。

 「十津川警部C11を追う」は、東海道線の金谷駅から千頭駅に向かう大井川鉄道が舞台の鉄道ミステリーだ。十津川警部は初めて都立高校の同窓会に出席する。その同窓会の後にクラスメートの二人が大井川鉄道で列車結婚式を挙げることになっていて五人のクラスメートが式に招待されていた。その五人が乗った最後尾の四両目の車両が爆破され大井川鉄橋の上から列車ごと川に落ちて全員が死亡した、という事件を知らされクラスメートの一人と現場に向かい事件を解決する。「C11」は大井川鉄道の列車をけん引するC11型蒸気機関車のことだ。ちなみに、JR新橋駅前のSL広場に置かれているのはこのC11型蒸気機関車だ。

 「しつけの問題」はK新聞の投稿欄に掲載された「投稿」によって物語が構成されている。<戸締りはきちんとしょう>という東京都42歳主婦の投稿が発端だ。<まず心の戸締りを>という東京都自営業45歳女性の投稿、<しつけは家庭の義務>という東京都執筆業65歳男性の投稿が続く。その後に<拝啓 K新聞投稿欄編集係様>という編集係宛ての手紙が紹介される。「先日の投稿で気がかりなことがあった。上の階から悲鳴のような声が聞こえたので、四階に上がってロッカー室の鍵を開けて中に入ったと書いていますが、ロッカー室の鍵は居住者しかもっていないはず、深夜に騒いでいた若者たちがマンションのロッカー室にどうやって入ったのでしょうか。また、悲鳴が聞こえてすぐにロッカー室に上がっていったと言っていますが、そうだとするとその若者たちはどうやって姿を消すことができたのでしょう。窓から忍び込んで窓から逃げたらしいと書いていますが、四階の窓からどうやって外に逃げられたのでしょうか。悲鳴といいロッカー室に鍵がかかっていたことといい、また四階の窓が開いていたことといい、もしかしたらなにか犯罪に関わりのあることではないか」という内容だった。さらに<まわりに無関心な都会人こそ問題が>という鎌倉市飲食業31歳男性の投稿、<市民の力で防犯を>という東京都無職72歳男性の投稿が日を追って掲載される。
そして最後に、この物語の発端にとなった東京都42歳主婦の「歓迎すべからざる闖入者」という投稿で「謎」が見事に解明される。「短編は閃光の人生である」という言葉が再確認されるような一冊だった。

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