今週はこんな本を読んだ №645  「マイ・ベスト・ミステリーⅢ」

今週はこんな本を読んだ №645 (令和2年10月18日)

「マイ・ベスト・ミステリーⅢ」 日本推理作家協会編 文春文庫 09年8月初版 781円

単行本「推理作家になりたくて マイベストミステリー第三巻(03年10月刊)」を文庫化したものだ。
この一冊には、岩井志麻子「魔羅節」と葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」。恩田陸「オデュッセイア」と島田荘司「糸ノコとジグザグ」。篠田節子「青らむ空のうつろのなかに」と西村寿行「痩牛鬼」。高村薫「みかん」と武田泰淳「ひかりごけ」。馳星周「古惑仔」と大藪春彦「雨の路地で」。山田風太郎「まぼろしの恋妻」と夢野久作「瓶詰の地獄」。山田正紀「雪のなかのふたり」と日影丈吉「かむなぎうた」、七人の作家が影響を受けた作家の作品と自分の作で好きな短編作を紹介している。

岩井志麻子が紹介した葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」は文庫5頁ほどの超短編で1925年の一編だ。「解説」を見ると「ロシア文学と労働運動に目覚め「文藝戦線」という雑誌に小説を発表、小林多喜二らにも深い影響を与えた。敗戦後満州から帰国の途次列車内で病死。プロレタリア文学界ではイデォロギー性が希薄なため中心的存在にはなれなかったが、むしろそれゆえに今日では時代を超えた普遍性を評価されている。この一編は乱歩から「怪奇文学としてもすぐれた作品」と称賛された」とあった。
「あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀そうだと思ってお返事下さい」という書き出しで始まる。セメントの樽から小さな木の箱が出てきた。そのなかにぼろきれに包まれた紙切れが入っていた。その紙切れには、この樽のセメントは何に使われましたか。愛しい男が誤ってセメント破砕機に落ちてしまいセメントに混じり合ってしまった。彼が劇場の床になったりどこかの家の塀になってしまうのは辛い。でも彼がどこに使われるのかを知りたい。この手紙を見つけた人は教えて欲しい、代わりに彼が着ていた仕事着のきれを差し上げますと書かれてあった、というお話だ。このような「作品」を評価する人もいるだろうが、私にはさっぱり分からなかった。鉛筆で描いたラフスケッチ一枚を見せられただけでは何とも評価のしようがない。

恩田陸の「ラジオを聴きながら・・」という「著者の一文」のなかの何気ない一節、「ところで、私はまだ「深夜放送で試験勉強」を諦めていない。ばあさんになったら大学に入り直す予定だ」というところを読んで、ばあさん?と!マークがいくつも頭の上を飛んだ。恩田陸については№520「不条理な殺人 平成10年)」の中の「給水塔」に強い印象が記憶に残っている。他に№527「「ABC」殺人事件(01年)」に納められた「あなたと夜と音楽と」、№597「罪深き者に罰を(02年)」に納められた「往復書簡」、№587「謎の館へようこそ 黒(17年)」に納められた「麦の海に浮かぶ檻」などどれも印象に残るような作品を書いた人だ。ネットで調べると「恩田陸、本名熊谷奈苗、1964年青森市生れ、小説家、女性、早稲田大学卒」とあった。これだけ読んでいればどこかに「女性」という記事があったはずなのに見逃してきたようだ。この本で女性であるということを知っただけでも大きな収穫であった。「給水塔」は女性が書いたものなのかと改めて驚きながら感心した。
恩田陸が選んだ「糸ノコとジグザグ」は№415「毒を売る女(91年)」で前に紹介している。「人は残り少なくならなければ、指を追って数を数えるということをしない」という一句、前にこの短編を読んだときには気に止まらなかったが、年齢を経た今読み直してこの言葉の持つ意味が解りかけてきた。何度読み返しても物語の完成度の高さに驚かされる。

「ひかりごけ」について書かなくてはならない。この一編がこの一冊のお値段だといっても過言ではない。題名は知っていたがまさかミステリーアンソロジーのなかで出会えるとは思ってもみないことだった。
1954年(昭和29年)の「新潮」3月号に掲載された、昭和19年12月に起きた「難破船長人喰い事件」の物語だ。「食人」について書かれた書物には必ずと言ってよいくらいこの「ひかりごけ」に言及している。そういうものを今まで多く読んできたのでずっと気になっていた一編だった。
北の海で漁船が難破して避難していた小屋から60日後に船長一人が救出された。船長は、小屋にたどりついたのは自分ともう一人の船員の二人、飢えと疲れと寒さで死んだ船員の肉を食べたことを自白した。裁判になり船長は死体毀損及び死体遺棄の罪で刑に服したが、発見できなかった三名の船員の肉を船長ともう一人の船員が食べ、それが無くなった後船長が食う目的でもう一人の船員を殺したのではないか、と物語が発展していく。
「食人」をテーマにした小説では野上弥生子の「海神丸」がある。飢餓に迫られた海上が舞台で死を目前にした船員たちの殺し合いが繰り広げられるが殺した仲間を食してはいない。また、「食人」といえば必ずと言ってよいくらいに引用される大岡昇平の「野火」は戦場での物語で「食人」が情景として語られている。飢えた兵士は仲間から与えられた人肉を口まで入れるが飲み下すことはしていない。この兵士は無意味に女を撃ち殺すような男だったが口に入れた肉を吐き出したと描かれている。
「人の肉を食った者には首の後ろに光の輪が出るんだよ。緑色の、うすい光の輪が出るんだよ。ひかりごけに似た」と船員の一人に言わせている。ひかりごけに似た緑色のうすい光の輪が題名になった。

残念なことに私の大好きな作家の一人、西村寿行の「痩牛鬼」について書く余白が無くなってしまった。寿行さんとは本当に僥倖のような出会いの一冊だった。

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