今週はこんな本を読んだ №640 「殺人博物館へようこそ」

今週はこんな本を読んだ №640 (令和2年9月20日)

「殺人博物館へようこそ」 ミステリー傑作選 日本推理作家協会編 講談社文庫 98年4月初版 730円

この一冊には「懐中電灯(法月綸太郎)」「独りにしないで(桐野夏生)」「闇の奥(逢坂剛)」「知らすべからず(加納諒一)」「手紙嫌い(若竹七海)」「静かな男(泡坂妻夫)」「私に似た人(今邑彩)」「舞い込んだ天使(黒崎緑)」「夜の顔(巽昌章)」「移動指紋(佐野洋)」「傷の記憶(高橋克彦)」の11編が収められている。「序文」を98年3月の日付で理事長の北方謙三が書いている。
「闇の奥」「手紙嫌い」「移動指紋」の三編は№561「謎006(11.9)」で紹介しているので、ここでは取り上げない。なるほどこの一冊からチョイスするとなるとこの三作になるのかな、と思った。

「独りにしないで」は、調査探偵事務所の調査員「私」村野ミロが主人公だ。訪ねてきた男の依頼人は「夢の壺」という上海クラブの有美という女の自分に対する気持ちを確かめてほしいという。有美という女が好きになってしまったようだが、どう考えても騙されているとしか思えない。裏切られた愛情は分かりやすいのに、本物の愛情は確認しにくい。男は一番分かりにくいものを欲していた。そしてその依頼者が夜の職安通りで刺殺された。中国マフィアの仕業らしいという噂があった。探偵事務所の調査員の「私」もこの物語自体もドライなのかウエットなのか、何とも中途半端でそれが感情移入を難しいものにしている。大沢在昌や馳星周(人に語れるほど読んではいないが)が描き出す夜の歌舞伎町の裏社会、中国マフィアが仕切る底なしの不気味さ、そんなものが少しも感じられなかった。「独りにしないで」というタイトルも何とも凡庸としか言いようがない。

「知らすべからず」。十字路の真ん中に横たわっている轢き逃げの死体、死体の傍にあった鞄の中に一万円札の札束が入っていた。誘拐事件が起きて身代金をどこかに届けようとしている最中にはねられたのか、鞄の中に誘拐犯からの指示が書かれた手紙が入っていた。犯人の指示であちこち引きずり回されたようだ。警察に誘拐事件の届け出はなかったことが確認された、というところから始まるが捜査陣の緊迫感がまるで伝わって来なかった。
誘拐された「娘」というのはシャム猫、轢き逃げで死んだのは身代金を出す側ではなく、受け取って逃げた犯人の方だった、という解決になる。最後にあっと言わせたかったのだろうが、その前段があまりにも軽すぎたので“あっ”という言葉は舌の先で消えてしまった。マジックでいえば着想と仕掛けまでは良かったのに、種明かしの「間」が悪すぎて驚くところまでいかなかったという何とも残念な一編だった。
「知らすべからず」というタイトルも何が言いたいのか良くわからない題名だ。

「私に似た人」。舅の体に布団をかけなおしていたとき、茶の間で電話が鳴った。間違い電話だったが、はい、そうです、と答えてしまった。「ミツコさん、おられますか」、「娘ならまだ帰ってきていません」という会話が交わされた。ほんのいたずらをした気分でおかしくて笑ってしまった。二十分後また電話が鳴る。まだ間違い電話だと気が付いていないのかと思う。友達の家に泊まって今日は帰らないという電話があったと伝える。しばらくしてまた電話がかかってくる。「ミツコがそこにいるのはわかっているんだ、早く出せ」と男の口調が変わった。恐くなって本当のことを言おうと思う。あなたは間違った電話番号を教えてもらったのよ、うちは原口じゃないのよ。あなたに全然関係のないところに電話しているのよ、そう言うと、「見え透いた嘘をつくな」、そして今からお宅に行く、と言い出す。この家には八十を過ぎた舅と私しかいない。恐怖にとりつかれて急いで戸締りを確認して回る。また電話が鳴る。僕は間違い電話だと知ってかけた、ミツコという名前も僕が勝手に作り出したものだと言う。これは僕の暇つぶしの遊びのようなもの、僕は母親と二人暮らし、夜になると退屈して間違い電話をかけたふりをしてあっちこっちに電話している。もしかしたらあなたも僕の遊びに悪戯のつもりでつきあってくれたのではないか、そんなことを言う。何かうち解けあった気分になってそれから二人でいろいろなことを話しお互いに名前も明かす。
そして、実はハラグチミツコを殺したんです、僕のおふくろですよ。首に洗濯ひもを巻き付けたまま目を開けて僕のほうを睨んでいますよ。でもちょっと後悔しています。これで本当に話し相手がいなくなってしまった、と言い、すぐ訂正する。嘘ですよ、今言ったことはみんな嘘ですよ、と言って電話が切られる。
電話を切って三十分待っても電話は鳴らなかった。「私には分かる。舅の首に巻き付いていた電気コードをそっとほどく。私たちは似ているから」という最後の一行で物語が閉じられている。
男が自分の母親を殺したというのは作り話かもしれないが、「私」が舅を殺したことは真実のことだ。
№340と№341で紹介した「あなたに似た人(ロアルド・ダール/ハヤカワ・ミステリ文庫)」を思い出した。読み終わって舌の先に残るヒリヒリするような感じはあの中で読んだいくつかの短編とよく似ていたように思った。「あなたに似た人」の原題は「Someone Like You」、それに倣うなら「私に似た人」は「Someone Like Me」になるのだろうか。
この一冊には凡庸としか言いようがないタイトル、何が言いたいのか良くわからないようなタイトルがいくつかあって、最後に、これ以外に考えつかないようなタイトルの一編を紹介することができて、これで全体の平仄が合ったような気持ちになった。

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