今週はこんな本を読んだ №629 「あざやかな結末」

今週はこんな本を読んだ №629 (令和2年6月28日)

「あざやかな結末」 ミステリー傑作選 日本推理作家協会編 92年10月初版 720円 

この一冊は1988年と89年版の「日本推理作家協会編年鑑」から選んだもので、三分冊の第一巻だ。
ミステリーは「人の欲」を語るもので、「人の欲」は金であったり名誉であったり、さらに突き詰めると男女の色恋に尽きる。だからミステリーはどのように時代を経ようがそう色褪せるものではない。読んでまったく古臭さというものを感じられなかったのは、人の欲望というものは時代が変わっても本質は何も変わらないということなのかもしれない。短編であることから頁数に限りがあって、だから登場人物の人数も制約され、当然伏線の置き方も短く効果的な方が有効だが、プロセスはきちんと描かれていなければならない。ミステリー小説は「謎と意外性」が全てで、優れたミステリーというのはたとえ犯人が分かっていても、ストーリイが分かっていても楽しめるもので、その面白さは時代を超えるものだということを教えられたような気がした。
この一冊には、「しあわせ戦争長い話(石井竜生・井原まなみ)」「死の代役演技(大谷羊太郎)」「ころす・の・よ(日下圭介)」「競馬の必勝法の殺人(三好徹)」「雨に佇つ人(夏樹静子)」「杜若の札(海渡英祐)」「未亡人は二度生まれる(小池真理子)」「曼珠沙華の夜(山崎洋子)」「一瞬の通過(佐野洋)」「歌麿カタログ(高橋克彦)」の10短編が収められている。

「仕合せ競争」の作者は<石井竜生・井原まなみ>となっているが、そのどちらの名前も知らない。
主人公は会社勤めをしながら会社の内幕を暴いた小説で賞を取ったが、会社では虐められ身体を壊し、いっそ作家で勝負すると、会社勤めを辞めて妻がやっていた学習塾を引き継いだ。塾の生徒の三人の女の子が名門私立小学校を受験、合格した一人の女の子の自転車のブレーキのワイヤーが故意に切断され事故に遭う。子供の進学と親同士の見栄の張り合いがひき起こした事件の顛末が物語になっている。
「死の代役演技」。作者の大谷羊太郎は名前だけは知っている。
主人公は比間田というすでに落ち目になった俳優が主人公だ。ヤクザの抗争に巻き込まれて大怪我を負う。顔面を包帯で巻いて眼鼻口だけが出ている姿になって、腐っているところに立派な身なりをした紳士と老婦人が現れる。社長が交通事故を起こして顔面にけがを負った、体形風貌が似ているあなたに社長の替玉をつとめてもらいたい、ただ寝ているだけ充分な謝礼を支払う、と言われて伊豆半島の南部の別荘に連れて行かれる。テレビのミステリードラマにあるようなストーリイだ。

「競馬必勝法の殺人」は三好徹の作品だ。直木賞をとった「聖少女」、「三億円事件」というのも昔に読んでいる。現金を渡せば賄賂になるが、馬券を渡せば周囲から疑われることがない。的中馬券が賄賂になっていた、という物語だ。「昭和通りを渡って場外馬券売場のわきを抜けた」という一節があったが、銀座の場外馬券売場は、銀座通りの松屋デパートの横を抜けて三つめの角に今もある。
「雨に佇つ人」。福岡にあるテレビ局のラジオ制作部に勤めるアナウンサーの女性が主人公だ。海釣りに行って遭難し海に投げ出された。その時五十過ぎくらいの男性が、船で遭難してときには、二人の人に証人になってもらって遺言することが出来る、と言って「わたしはこの遺言によって子供を認知する」と母親と娘の名前を告げてこの後死亡した。母親にこのことを知らせに行くと、娘は19歳で母親には夫がいて娘は夫妻の嫡出子として入籍されている、と言われる。 メロドラマのような甘美で上品な一編だ。

「杜若の札」。明治29年の銀座、主人公は「東洋日報」の記者だ。
言論に重点をおいた文語体の大新聞と、社会ネタが中心の口語体の小新聞とはっきりと色分けされていたものが、そうした区別がしだいに薄れ今日のようないわゆる総合紙が生まれようとしている、新聞界がそんな変動期を迎えていた頃のお話だ。東洋日報で社会部長の立場にあった男が、京都の大石天狗堂に注文して作らせた特別の花札の「杜若」のカス札を握りしめて殺されていた、という事件が解明される。
「未亡人は二度生まれる」。季節外れの軽井沢の別荘に、勝手に置手紙ひとつで家を出て行って三年物間音信不通だった姉の夫が突然現れる。姉はこの売れない絵描きと、母や親せきの猛反対を押し切って結婚した。
姉は、夫に出て行かれても離婚届は出さず、夫が死んだ未亡人として生きる方がずっとまし、だと言っている。軽妙でおしゃれでドライなタッチ、のんびり屋で依存心が強い姉としっかりものの妹、家の名誉と誇りを守ろうとする母親、というドラマチックな設定がこんな勧善懲悪な終わり方で良いのか、と残念な気持ちになった。

「曼珠沙華の夜」。商業デザイナーの夫が愛人の助手と結婚するので離婚してくれと言い出した。「何度も死ぬかと思う目にあった。でも死ななかった、あなたたちは私を殺す気なんてなかった、ただ脅すだけ。周りの人に私の頭がおかしくなったと思いこませるだけで良かった」という、よくあるような心理サスペンスドラマ風の一編だ。

佐野洋の「一瞬の通過」は実に鮮やかな手業の一編だった。タイトルの「鮮やかな結末」はこの一編から採用したものなのかもしれない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント