今週はこんな本を読んだ №488 (29.10.8) 「昭和・平成「怪事件の真相」47」

今週はこんな本を読んだ №488 (29.10.8)

「昭和・平成「怪事件の真相」47」  文春ムック 29年8初版  670円

本屋さんの雑誌コーナーを流していたら「怪事件の真相」という背表紙が見えて、その時は「宝島のものか」と思って通り過ぎて、帰る時に手に取ってみると「文春ムック」とあって、少しばかり驚いた。
黒が基調の何ともおどろおどろした装丁は「宝島」社風にみえて、とても格調のある「文藝春秋」社版のものとは思えなかったが、文春の「怪事件の真相」ならば、と購入した。
「47」は47ファイルということで、「Ⅰ真相開封 未解決事件の今は」、「Ⅱ日本震撼 戦慄事件の全貌」、「Ⅲ怪死事件 封印された闇の真相」、「Ⅳ重大事件の「目撃者」たち」の四章に分けて、主に「文藝春秋」に掲載された記事の再録で構成されている。
「編集後記」に、「文藝春秋」は「当事者主義」で貫かれていて、それは「私は見た」、「私はそこにいた」、「今だから話す」という、コトの当事者に事実をもって語らしめることである、ということが書かれてあった。この一冊はまさしく、「そこにいて、見た、今だから話せる」ようなか当事者の「事件ファイル」だ。
今こうして改めて「事件」を概観するように読み直してみると、「「文藝春秋」は時代の目撃者であり、証言者であった」という自負は、まんざらのものではないような気がした。

「FILE001」「グリコ・森永事件・放送できなかった「四人目の子どもの声」」は、1984年に起きた「劇場型犯罪」の先駆的な事件をNHKスペシャルチーフプロデューサーが取材結果をレポートしたものだ。
この事件は「かい人21面相」を名乗る犯人グループが、江崎グリコの社長を誘拐し10億円と金塊百㌔を要求したという事件で、犯人グループは少なくても七人のメンバーで構成されていると見られていた。グリコの社長を誘拐した三人組、現金取引現場で二度目撃された「キツネ目の男」、脅迫状や挑戦状を書いたリーダー、企業脅迫の電話口で流された「音声テープ」の声の主、30代から40代の女性と小学校低学年の男児の七人とされてきたが、最新の鑑定で「三十代とされていた女性の声は十代なかばの少女」、「男児の声は同一人物と思われていたが別に男児の声があった」いう鑑定結果、さらにもう一人の子ども、「言語障害もしくは障害のある男児」だと思われる未公開テープが存在するということから、「四人目の子ども」の存在が浮かび上がったことが書かれてあった。
この最新の鑑定結果は、2011年夏に「NHKスペシャル 未解決事件 グリコ森永事件」として放映された。
「かい人21面相」、「キツネ目の男」といったキャラクター、「けいさつの アホどもへ」、「どくいりきけん たべてら 死ぬで」というキャッチーなコピー、大阪府警、京都府警、滋賀県警やマスコミ取材班を手玉に取った行動力、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家といった有名企業を脅迫した執念深さ、そのひとつひとつを取り上げてもひとつの「ドラマ」であり、「劇場型犯罪」先駆的な事件であり、いまだにこの事件を超えるような「劇場型犯罪」は無いように思う。
それにしても、事件の解決が見たいものだ。なぜグリコだったのか、なぜグリコの次は森永だったのか、子供と大人の関係は何なのか、知りたいことは山ほどある。当時小学校低学年の男児は現在では40代の壮年になって、事件のなかで自分が果たした役割を冷静に振り返ることのできる年齢になっているはずだ。彼の言葉が聞きたいと思う。

もうひとつ、解明を見たい事件は「世田谷一家四人殺害事件」だ。「袋小路の捜査線上に浮上した日仏混血男性」というタイトルで、最新のDNA鑑定から新たな犯人像が浮かび上がったということをジャーナリストが寄稿したものだ。
事件は2000年12月30日の夜中に父親と母親、八歳と六歳の一家四人が殺害された事件だ。
現場は「宝の山」と称されるほど犯人の遺留品が残されていた。指紋、血液、DNA、犯人のトレーナー、手袋、マフラー、ヒップバッグ、それらに付着した微物など、事件に携わった捜査陣にとっては、これだけの遺留品があれば必ず犯人にたどりつけるはずだ、という楽観論が支配していた、といわれるほど「楽勝」な事件だったのだ。
DNA鑑定の結果、「アンダーソンH型」という型が明らかになり、このDNAの型から犯人の母系は地中海側に住む欧州人、父系は日本を含むアジア人の可能性が高いという結果が出た。
2006年になって、母親がフランス人という二十代の男性が浮上してきたが、この男性はフランスに渡航したまま現在まで帰国した形跡はない。フランス人の母親を尾行したり自宅のごみ箱をあさるなどして母親の髪の毛を入手して、母親と犯人のミトコンドリアの型が一致するか鑑定した結果は、型は似ているが完全に一致はしなかった、という結論が書かれてあった。
犯人はフランスのギ・ラロッシュ社の香水「ドラッガー・ノワール」を着ていたトレーナー、ハンカチ、ヒップバッグに振りかけていた。ヒップバッグから採取された砂はラスベガス郊外のモハーヴェ砂漠の砂と判明している。また、このバッグの内側から赤系統の蛍光塗料が検出されている。これと同じ塗料が被害者宅の車庫の棚からも検出されている。事件当日に犯人が車庫に入った痕跡はなく、事件の前に被害者宅の車庫に立ち入った可能性がある、ということは目撃者がいても不思議がないのに目撃情報は皆無だ。
謎が謎を呼び、さらに謎が深まる。

「私はそこにいた 重大事件の「目撃者」たち」の章の「阿部定事件 阿部定・坂口安吾対談 真率なる人生の記録」という対談は、初出は「文藝春秋」1947年12月号だが、私は2013年の「文藝春秋」2月号で既に読んでいるものだった。
「阿部定事件」で刑期を終え静かに暮らしていたが、終戦直後のエログロブームで再び脚光を浴びることになった阿部定を、売り出し中の気鋭の作家坂口安吾が住んでいるアパートに訪ねて対談したものだ。
私は坂口安吾についてなに一つの知識もなく、だから先入観もなく読んだが、何と言うか常識的で突っ込み不足切り込み不足、「阿部定」から何を引き出したいのか、それを現代の読者たち(昭和22年当時の)に何を伝えたいのかがさっぱり見えず、初めて読んだ時も今回も、作家坂口安吾についてただ“凡庸”という印象しか思い浮かばなかった。

昭和といっても20年以降としても44年、平成も29年、人の生まれてから死ぬまでの期間に等しい長い年月、本当にいろいろな事件があった。この47件の事件について、私はその殆どを同時代の出来事として知っている。つくづく面白い時代を生きてきたな、と思わずにはいられなかった。
時間を潰すには“これ以上ない”と思うほど、面白い一冊だった。

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