今週はこんな本を読んだ №357 (27.3.8) 「幕末バトル・ロワイヤル 井伊直弼の首」

今週はこんな本を読んだ №357 (27.3.8)

「幕末バトル・ロワイヤル 井伊直弼の首」  野口武彦 新潮新書 08年2月初版 777円

腰巻には「腰巻:地震、開国、コレラ、大獄、御金蔵破り 凡人大老強権発動 政敵粛清が命取り」、「実行できない政策を空約束するのは政治権力の命取りになる。末期の江戸幕府がそうであった。徳川幕府は京都朝廷と尊攘派勢力の圧力に屈し、不可能と分かっている攘夷を実行すると公約し続けることで自らの墓穴を掘ったのである」とあった。
この一冊は「週刊新潮」06年8月3日号から07年6月14日号連載に連載されたもので、<第一部 安政内憂録(その一からその二十三)><第二部 安政血風録(その一からその二十)>の四十三編からなっている。時期的には嘉永七年(安政元年・1854年)から安政七年(万延元年・1860年)までの七年間、嘉永の外患が安政の内憂に転じた動乱期の始まりである。

この一冊の主役は大老井伊掃部頭直弼、敵役は水戸藩前藩主徳川斉昭と、養子となり一橋家を継いだ慶喜である。
井伊直弼がいきなり大老の座に就く。水戸家は次期将軍に慶喜の擁立を画策して、日米修好通商条約調印は朝廷の勅許をえるべき、朝廷に無断の調印、と声高に異議を唱えた。この水戸家の動きに対抗して「安政の大獄」が始まる。「政敵を倒すのは政治の常である。しかし井伊直弼は「敵」を見境なく殺しすぎた。対派の勢力を削くだけでは満足せず、殲滅し尽さなければ安心できない性格の暗さが幕末流血史の幕を切って落としたのであった」と著者は書いている。
そしてこのことは桜田門外の変へと直線的につながっていく。
桜田門外の変で、大老という幕府の最高権力者が、登城の道中でむざむざとテロに倒されても、老中は誰も責任をとろうとはしない。さらに言えば井伊家でも重臣のただのひとりも切腹しなかった。
江戸庶民が囃したてた“ナイナイ尽し”が、当時の世相を鮮やかに切り取って見せてくれている。“桜田騒動途方もない、そこでどうやらお首がない、首を取っても追手がない、お駕籠こわれて舁き手がない、お番所どこでも止め手がない、ナイナイナイ”。

嘉永七年(1854年)11月4日の午前八時頃、M8.4の激震が伊豆半島を直撃する。翌日近畿一帯を襲った同規模の地震とあわせて「安政東南海地震」と呼ばれる。
江戸の庶民にとっては異人の日本上陸と地震・台風といった災害は一連の現象であった。安政五年(1858年)のコレラ大流行と「安政の大獄」は陰惨に絡み合って幕末史を独特の暗色に染めている。伝染病という概念がなかった時代、浦賀にきた黒船が置いていった魔法、と庶民の誰もが恐れおののいたのだ。コレラの不安が、異人の日本上陸という外圧ストレスに結びついて「安政コロリは夷狄が持ち込んだ」と、社会全体が浮足立つような状況だった。
コレラはまさしく開国がもたらした災害であった。死に方の猛烈な悲惨さが自然災害以上に人心を落ち込ませる。江戸市内の死者数は「武江年表」に二万八千人あまりとあり、安政地震の死者数七千人をはるかにこえていた。

吉田松陰のことを書かないわけにはいかない。
吉田松陰はがちがちの尊王攘夷思想を持った行動家である、ということをまず確認しなければならない。明治維新に影響を与えたというが、明治新政府は和親開国であり、攘夷でもなければ天皇親政ではない。坂本竜馬の描いたような形にはなったが、松陰の目指したものではない、ということをまず知っておくべきだ。
嘉永七年(1854年)三月、下田で米艦に乗り込み密航を企て失敗し囚われの身になる。「敵を知り己を知らば百戦あやうからず」という言葉を使って、黒船を遠巻きにして大言壮語していても敵の姿はつかめない、だから密航してでもアメリカを見たいという行動家であり、実践家であったことも知っておくべきだと思う。松陰を兵学思想家なのだ。
松陰の「講孟余話」という著述がある。これは孟子の注釈で、萩の野山の獄に幽閉されたときに11人いた囚人有志を相手に始めた論講をまとめたもの、といわれている。孟子の「湯武放伐論」は、徳を失った君主を武力で打倒する革命を是認するという革命思想を説いたもので、日本においてはずっと危険思想と見られていた。当然のことだが、万世一系の天皇を戴く日本人には相容れがたい思想、あえて言えば危険思想なのだ。
だから松陰は儒学の「天命」を否定し、その代わりに「天朝の命」を至上とするものに置き換え、天皇への絶対忠誠を政治思想の基本に置いたのだ。このことは吉田松陰理解の大前提であると思う。
NHKの大河ドラマで、「天皇への絶対忠誠」、「一人でも死んでみせる人間が居たら世の中は変わる」というところをどのように見せるつもりでいるのだろう。決して青雲の志的ドラマにはならないような気がする。いくら番組宣伝を展開しても一向に視聴率が向上しないのは、大河ドラマを楽しみにしている視聴者がなんとなくそのあたりの気配を察しているからではないだろうか。

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