今週はこんな本を読んだ №203 (24.3.25)
今週はこんな本を読んだ №203 (24.3.25)
「謎の1セント硬貨」 向井万起男 講談社文庫 2012年2月初版 660円
古い1セント硬貨をきっかけとして、アメリカ各地を旅行した時に感じた微妙な疑問をホームペイジに質問のメールを送り、その返事メールからアメリカを再認識、再発見、再確認するようなエッセイ集である。
著者は1947年生まれ、慶応大学医学部卒で医学部の准教授、というより宇宙飛行士向井千秋の亭主である。「向井万起男」という著者名に何の知識も無く、ただ「謎の1セント硬貨」というタイトルと「真実は細部に宿るin USA」という副題に魅かれて購入した。読み進めるうちに、「宇宙飛行士向井千秋の亭主」ということが分かった。とても面白い一冊だった。私はエッセイが大好きなのだ。
そもそも、旅行をしていて何か疑問に思ったことをインターネットで調べ、さらにその疑問をホームペイジに質問のメールを送り、そのやり取りで一冊のエッセイをまとめる、などということは少し前なら考えも及ばないことであった。
合衆国憲法第二条第一節第五項に「14年間にわたって合衆国住民でないものは大統領に選ばれる資格がない」という条項の「14年間という資格条件とは何か」とか、「米国トヨタ販売店にとても大きな星条旗がかかげられている理由」とか、「テキサス州のクリスタル・シティにポパイの像がたっている理由」とか「ホテルのシャワーヘッドが固定されている理由」とか、「マクドナルドのトイレの位置」とか、「アメリカの標準時」とか、どうでもいいようなことに拘り、あたりを付けたところに質問のメールを送る。
そしてほとんとの場合、丁寧な回答のメールが返って来る。「こんなメールには返事が来ないだろうなと思っていたら、翌日すぐに返事が来た」という小さな喜びもある。
本書を上梓するにあたっては返事メールをくれた人に必ず掲載許可をとっているところも、「訴訟の国、アメリカ的仕様」などと思ってしまう。たとえ掲載許可のメールを送っても回答の無い場合、「でも個人的意見が書かれているわけでもないので、お店の名前を伏せれば掲載してもイイだろう」と正直に書いている。
私が一番好きな一章について書く。
野球少年で、大リーグが大好きな著者が、少年時代のハンク・アーロンが夢中になって野球をしたアラバマ州モビール市のカーバー球場を探す旅の話だ。モビール市でカーバー球場の場所を聞くが誰も知らない。市の担当者に教えられた立派なハンク・アーロン球場はカーバー球場ではないことが分かる。白人など一人も歩いていない黒人だけの街を、歩いているだけで睨みつけられるような不安を抱えながら捜し歩く。黒人青年に教えられるが迷子になってしまう。思い付いてファーストフード店に行き、並んでいた黒い革ジャンを着た少年に尋ねると、上目づかいに2ドルを求められる。
教えられた場所はグラウンドを金網のフェンスで囲っただけの球場、観客席などない寂しげなものだった。
大リーグを代表するホームランバッター、黒人の英雄が少年時代を送った球場といったリスペクトがまったく無いことに落胆する。そして憤慨する。
著者はモビール市の新聞社3社にメールを送る。「ハンク・アーロンを記念して立派な球場を建設するのなら、彼が少年時代に夢中になって野球をした場所にこそ建設すべきだったのではないでしょうか。そうしなかったのは、黒人だけが住む場所に建設すると白人が怖がって訪れないと考えたからなのでしょうか。白人も黒人も訪れることができるように配慮してあの場所に建設したのでしょうか」。このメールに2社は無視し、1社は返事メールの掲載を認めてくれなかった。
6年後再びカーバー球場を訪ねると6年前とまったく変わった佇まいになっていた。やっと聖地としての扱いを最低限は受けるようになっていた。
何かをした、と誇っているのではない。少年時代のハンク・アーロンが夢中になって野球をした野球場が、野球場としてあったことを素直に喜んでいるのだ。私も嬉しくなるような喜びであった。
あとがきにこう書いている。「アメリカ本を書いた者としてハッキリ言明しておきたいことがある。私は親米派ということだ。アメリカには欠点が実に多い。それでも、私は親米派だ。アメリカという国には欠点を是正しようと勇気をもって立ち上がる人が絶えずいるから。こうした点を本書から汲み取って頂けたら嬉しい」。
著者と私は同世代だ。我らにとって「アメリカ」はそのすべてが憬れであり、そのすべてが青春の思いであり、
そのすべてが否定の対象であった。
私も親米派だ。アメリカが大好きだ。
歳をとったからか、自然にそう言えるようになった。こういうのを「馬齢を重ね」というのだろうか。
「謎の1セント硬貨」 向井万起男 講談社文庫 2012年2月初版 660円
古い1セント硬貨をきっかけとして、アメリカ各地を旅行した時に感じた微妙な疑問をホームペイジに質問のメールを送り、その返事メールからアメリカを再認識、再発見、再確認するようなエッセイ集である。
著者は1947年生まれ、慶応大学医学部卒で医学部の准教授、というより宇宙飛行士向井千秋の亭主である。「向井万起男」という著者名に何の知識も無く、ただ「謎の1セント硬貨」というタイトルと「真実は細部に宿るin USA」という副題に魅かれて購入した。読み進めるうちに、「宇宙飛行士向井千秋の亭主」ということが分かった。とても面白い一冊だった。私はエッセイが大好きなのだ。
そもそも、旅行をしていて何か疑問に思ったことをインターネットで調べ、さらにその疑問をホームペイジに質問のメールを送り、そのやり取りで一冊のエッセイをまとめる、などということは少し前なら考えも及ばないことであった。
合衆国憲法第二条第一節第五項に「14年間にわたって合衆国住民でないものは大統領に選ばれる資格がない」という条項の「14年間という資格条件とは何か」とか、「米国トヨタ販売店にとても大きな星条旗がかかげられている理由」とか、「テキサス州のクリスタル・シティにポパイの像がたっている理由」とか「ホテルのシャワーヘッドが固定されている理由」とか、「マクドナルドのトイレの位置」とか、「アメリカの標準時」とか、どうでもいいようなことに拘り、あたりを付けたところに質問のメールを送る。
そしてほとんとの場合、丁寧な回答のメールが返って来る。「こんなメールには返事が来ないだろうなと思っていたら、翌日すぐに返事が来た」という小さな喜びもある。
本書を上梓するにあたっては返事メールをくれた人に必ず掲載許可をとっているところも、「訴訟の国、アメリカ的仕様」などと思ってしまう。たとえ掲載許可のメールを送っても回答の無い場合、「でも個人的意見が書かれているわけでもないので、お店の名前を伏せれば掲載してもイイだろう」と正直に書いている。
私が一番好きな一章について書く。
野球少年で、大リーグが大好きな著者が、少年時代のハンク・アーロンが夢中になって野球をしたアラバマ州モビール市のカーバー球場を探す旅の話だ。モビール市でカーバー球場の場所を聞くが誰も知らない。市の担当者に教えられた立派なハンク・アーロン球場はカーバー球場ではないことが分かる。白人など一人も歩いていない黒人だけの街を、歩いているだけで睨みつけられるような不安を抱えながら捜し歩く。黒人青年に教えられるが迷子になってしまう。思い付いてファーストフード店に行き、並んでいた黒い革ジャンを着た少年に尋ねると、上目づかいに2ドルを求められる。
教えられた場所はグラウンドを金網のフェンスで囲っただけの球場、観客席などない寂しげなものだった。
大リーグを代表するホームランバッター、黒人の英雄が少年時代を送った球場といったリスペクトがまったく無いことに落胆する。そして憤慨する。
著者はモビール市の新聞社3社にメールを送る。「ハンク・アーロンを記念して立派な球場を建設するのなら、彼が少年時代に夢中になって野球をした場所にこそ建設すべきだったのではないでしょうか。そうしなかったのは、黒人だけが住む場所に建設すると白人が怖がって訪れないと考えたからなのでしょうか。白人も黒人も訪れることができるように配慮してあの場所に建設したのでしょうか」。このメールに2社は無視し、1社は返事メールの掲載を認めてくれなかった。
6年後再びカーバー球場を訪ねると6年前とまったく変わった佇まいになっていた。やっと聖地としての扱いを最低限は受けるようになっていた。
何かをした、と誇っているのではない。少年時代のハンク・アーロンが夢中になって野球をした野球場が、野球場としてあったことを素直に喜んでいるのだ。私も嬉しくなるような喜びであった。
あとがきにこう書いている。「アメリカ本を書いた者としてハッキリ言明しておきたいことがある。私は親米派ということだ。アメリカには欠点が実に多い。それでも、私は親米派だ。アメリカという国には欠点を是正しようと勇気をもって立ち上がる人が絶えずいるから。こうした点を本書から汲み取って頂けたら嬉しい」。
著者と私は同世代だ。我らにとって「アメリカ」はそのすべてが憬れであり、そのすべてが青春の思いであり、
そのすべてが否定の対象であった。
私も親米派だ。アメリカが大好きだ。
歳をとったからか、自然にそう言えるようになった。こういうのを「馬齢を重ね」というのだろうか。
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