今週はこんな本を読んだ №59 (21.5.10)

週はこんな本を読んだ №59 (21.5.10)

「小説家のメニュ」  開高 健   中公文庫 1995年11月初版 500円 

目次はこうなっている。12章が12行に『美味・珍味・奇味・怪味・媚味・魔味・幻味・幼味・妖味・天味』と表示され、章に該当する項目だけが太字のゴチックになっている。

本文に出てくる「食べ物」を順に書いていく。
 ジャングル進行中の昼食時ベトナム兵士が洗面器を鍋にしてグツグツと煮ていたねずみ。
 ベルギーのブリュッセル郊外のレストランのデザートに出たアイスクリームにかけられた溶けたチョコレート
 アマゾン中流域で食べたピラーニャの刺身
 サイゴンのドリアン、アマゾンの大湿原で食べたパイナップル
 新潟県の山奥で食べた山菜の数々
 香港の飲茶
 マイアミのストーン・クラブ
 アマゾン河口の街ペレンで食べたアボガドのスープ
 チリのサンチャゴで食べたウニのオムレツ
 ニューヨークで食べたスチーマーズ
 日本で食べたマツタケ
 ベトナムの富国島で食べたハタの清蒸
そして最後の章は水について。

水についてこう書く。「かってだれも書いたことのない、語ったことのない味覚がある。生まれて最初にガーゼに含ませて唇をぬらしてもらった水の味、もうひとつ、最後のときにくちびるをしめらせてもらう水の味、これは誰も語ってくれない。書きようもない。つまり、われらの人生は発端と終末がまったくわかっていないのである。後はこの中間での無数のバカ騒ぎにすぎない」

名作「新しい天体」の最後は「水だ、水、水、」という言葉で終わっていると記憶している。旨い食べ物を追い求め、旨い酒を追い求め、あれでもないこれでもない、の究極、たどり着いた果てにあったのは水の旨さ、と書く。

開高が初めてパリを訪れ、東欧諸国を見て回り、ベトナムにたどり着いた60年代、フィッシュ・オンで世界を巡った70年代、80年代のオーパから始まる南北アメリカ縦断旅行、そして21世紀の現在、半世紀前には想像も出来ないくらい世界の都市と都市の距離は短くなり地球は小さくなった。しかし、民族間のアイデンティティの隔たり、経済格差の隔たりはその当時より増して大きなものになったのではないか。そうすると移動する時間によって地理的な距離の隔たりは縮まったが、双方の理解という点では地球は相変わらず1970年代の大きさにある、と言えるのではないだろうか。

どこか外国で今、飛行機から降り立ったばかりの青年が空港の出口の歩道に佇んでいる。どうしたのか、と問うたら、「体は着いたが、こころがまだ到着していない、それが追いついてくるのを待っている」と青年が応えた、という開高のエッセーがある。海外旅行に行くたび、空港のドァから一歩外に踏み出した時に、ふとこのことを思い出す時がある。「こころがまだ到着していない」か。

本書はこの一文で閉じている「ちょっとしたことにすぎないが、ちょっとしたことが違えば大したことが違ってくるのが人生であります」
そうだ。まさにそうなのだ、その通りなのだ。
そのことが今にして分かるのだ。

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